僕が目指す農業

僕(吉田)が農業を始めたきっかけ、なぜ無農薬栽培なのか?など、農業に掛ける思いを語ります。

30歳からの挑戦

 農家の次男坊に生まれた僕にとって、農業のイメージは「きつい・汚い・かっこ悪い」の3Kでした。その上貧乏で、母は「公務員になりなさい」おやじも農業を継げとは一度も言いませんでした。そんな状況でしたから僕自身も農業を継ぐのは絶対に嫌でした。
 カメラマンを目指したり、料理人になったり、回り道をしてきた僕が30歳になってなぜ突然農業を始める事になったのか…?そんな僕が農業に興味を持ったのは環境問題を知った事がきっかけです。

 農薬や化学肥料の大量使用で土が衰え、田んぼ生き物が減ってきた事や、環境ホルモンの影響で子供が出来にくくなったりアトピーの子供が増えている事を知り、実感し、安全で安心して食べられる農作物を作りたいと思いました。

 職業として農業がやれると確信できるようになったのは、山形県で無農薬のお米を20ha栽培して全国へ販売している農家へ視察に行った事からです。
 経営主の方はいかにも農業者らしい土臭い方でしたが、そこで教わった事は稲本来の姿の話や、本当の土作りの話、草に負けない苗の作り方など今まで見てきた農業との大きな違いを感じ、農業素人の僕が「かっこいい」と思ったのです。そして、「こんな農業をしてみたい」「目指すはかっこいい農業!」と、目標が見えてきました。

 そこから今振り返ると無謀とも言える初めての無農薬のお米作りがスタートしました。本当に「恐れを知らずによくやった」と思います。
 その頃の僕は、いろんな不安を抱えた消費者が増えてきているのに、農家は消費者の求めるお米を作らない事に疑問を抱き、なぜ作らないのか?作れないのか?何とか無農薬のお米作りを成功させたい、その事ばかりを考えていました。

米の格付けや価格のつけ方に疑問

 戦後、機械化と農薬と化学肥料のおかげで飛躍的に日本のお米の生産高が伸びました。すべての国民が当たり前の様に3食お米が食べられる豊かな国になったと思います。ですから農薬も化学肥料もとても重要な大切な資材で安易に否定するものではないと思っています。
 ただ、需要が満たされ、お米が余り、減反政策が始まっても以前増収を目指して、必要以上に農薬や化学肥料が使われています。一方、消費者のお米離れは止まらず、お米の価格は下がり続け、現在に至っています。

 中でも、一番「おかしい」と感じたのは、出来上がったお米の格付けや価格の付け方です。お米の価値は、品種・産地・等級の3つで大体決まります。栽培方法や実際の味は価格に関係ありません。
 1000粒中に2粒虫に吸われた黒い斑点があると2等級です。これで1000円ほど価格が下がります。5粒だと2000円下がります。これが殺虫剤を止められない理由です。
 また、面積あたりの生産量をどれだけ上げられるかが農業経営のポイントとされてきましたから、経営指導の主流は、「低コスト・収量増収・外観品質の向上」です。
 美味しいお米を求めて作らなくなったため、米離れが進み、お米の価格が下がるという悪循環に陥っているのだと思います。

 これらの思いから吉田農園の企業理念は「安全でおいしいお米をできるだけ多くの方に安く提供する」としました。
  ・安全:無農薬無化学肥料で栽培し、食べて健康になれるお米を作る。
  ・おいしい:やっぱりおいしくないと体に良くても続かないので味を追求する。
  ・できるだけ多くの方:低コスト省力化技術を勉強して栽培面積を増やし、多くの
   方に食べてもらえるようにする。
  ・安く提供する:若く収入の少ない小さな子供を持った世代に、買っていただける
   ような価格にする。

無農薬の「長寿米」就農7年目で金賞に

 就農初年度は15aで始め、ビギナーズラックとも言える反収10俵のお米が収穫できましたが、その調子で2年目は面積を40a増やしたものの、収量は反収6俵となりました。現実は厳しかったです。雑草が生えてしまい、夏の暑い日に除草作業をしながら、僕は何を目的にがんばっているのか?自問自答しました。
 「お金儲けだけが目的の農業じゃない!」「見た目は同じ白い米粒でも、中身の違う本物のお米を作るのだ!」
 自分で自分を叱咤激励し、挫折しないようがんばりました。

 3年目はもっと無農薬の田んぼを増やしました。しかし、商売は需要と供給のバランスが大切です。お米が余ってきてもっと販売できる力を身につけなければならなくなりました。
 「本物のお米を作り続ければ、消費者はいつか分かって買い続けてくれる」
 との信念のもと、パンフレットを配ったりいろいろと宣伝を試みましたが、結局お客さんのほとんどは口コミで増えていきました。どんな宣伝よりも口コミの効果はすごいと思いました。

 おいしくて感動できる様なお米を作り続けることが僕の使命です。
 人の一番の望みは「健康で長生きできること」ではないでしょうか?僕はそんな願いから、お米の名前を「長寿米」とつけました。
 就農して7年目の2006年、米・食味分析鑑定士協会主催の「第8回全国米・食味分析鑑定コンクール」に応募し、若手経営者部門において金賞を受賞することができました。そして、これを弾みに経営規模を順調に伸ばしてきました。

 日本の食文化の中心は「ごはん」です。これがおいしくなかったら、米離れが進んで自給率も低下してしまいます。本気で自給率を上げるには、食文化を日本型に戻すことが一番大切だと思います。

若手が希望を持てる農業経営を実践へ

 農業を始めてあっという間に十数年が経ちました。最初は農協や役場、県や国の様々な助けを受けながら、やっと吉田農園の経営基盤ができました。
 就農当初「なぜこんなにも農業者は優遇されているのか?」と疑問を感じていましたが、農業を始めてから「豊かな国」を作るのには農業が豊かであることが大切だと分かり納得しました。農業は食を守るだけでなく、土地や環境を守る役目もあるのだと思うと、自分ひとりのための経営ではないことを実感しています。
 これからも、若者が農業に夢と希望が持てるように、僕が活き活きと農業をして、かっこいい農業スタイルをアピールして、僕の様な素人でも農業経営ができることを証明することで、僕をここまで支えて下さった方への恩返しにしたいと思っています。